おいしい「食」生活 ver.2

2014〜17年「ラーメンWalker」埼玉県百麺人を担当。アラフォー独男が自腹でラーメンをはじめ"おいしい○○"を紹介する"B級グルメ中心"の日記。

[]yumiyoriな話完全版(石田衣良)

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松任谷 よろしくお願いします。

石田 よろしくお願いします。新しいアルバムを、今日聴いてきました。

松任谷 ありがとうございます。

石田 日本の今の文化の中で大人になるのって難しいじゃないですか。大人になった女性

がもう一度夢を探しにロンドンをさまよう歌だったので……。僕自身、迷うんですよね。今、若さとか新しさみたいなものが一番大事とされる時代に、何か表現

する人としてどう大人になっていけばいいのかなって時々考えるので、そこのジレンマというか、一つの仕事に向かわれているのかなと思いましたね。

松任谷 そのとおりです。女性というより、ちょっと自伝的でもありますが、クリエイ

ターというか。ストリートミュージシャンのお話になっているんだけれど。成功を手につかんだあと、まあ、また振り出しに。トランジットや旅というのがテー

マです。もっと遠くに行くためには、遠い夢を見てないと。若い頃は遠い夢が逆にないと思っているけれど、50歳ぐらいになって、まだ人生あるんだというの

を私は感じるわけ。

石田 若い子はほとんど、自分が40代、50代になったら恋愛もしてないし、セック

スもしてないし、楽しいこと何もないと思って生きてるんだよね。でも、それは大違いだっていうのがすごくわかると思うんですよ、あの新しいアルバム。それ

がなんか大事なことですね。案外、生きてれば楽しいことありますからね。

松任谷 あと、新しい過去に気づくというのか。

石田 ほう。それは過去を読み直す?

松任谷 うん。自分が変わることで、片付けてたものが、「あ、こんなに面白かったんだ」と気がつくという。自分が変わることで世界が変わる、そういうような。

石田 ユーミンさんが大人になったって思ったのは、いくつぐらいの時ですか。

松任谷 早く大人になりたいですよ(笑)。

石田 ああ、やっぱりね。そこらへんは、じゃ、一緒なんですね。

松任谷 なんかパラレルにね、14歳の自分もいるし……

石田 いるいる。

松任谷 28歳のOLやってるような……

石田 中学生にも戻るし、小学生にもなるし。同時にちょっと想像力をうまく使うと、おばあちゃんとかおじいちゃんにもなれるし。やっぱり楽しい仕事ではありますね。デビューされて何年になるんですか。

松任谷 正確には37年で、アルバムデビューで35年。

石田 僕、そのアルバムを中学校3年生の時に、音楽室でみんなで聴いてるんですよ。

松任谷 本当に。

石田 なんか『ひこうき雲』聴いて、へぇーと思ったことがあるんですよね。なので、意外に年が近いのがちょっとビックリですね。

松任谷  いや、それがね、このあいだ北島三郎さんと対談させていただいたら、ずっと上だと思っていたのに17歳ぐらいしか違わないっていう(笑)。圧縮されていき

ますよね、年齢が。そして計算したら、石田さんと7歳違いなんですよ。世相によって、実年齢によって、何年がワンジェネレーションかというのは微妙に違う

と思うんですけど、大体7歳はワンジェネレーション。

石田 どう思います? 7歳ぐらい違うと。

松任谷 乱暴に言えば、バブル真っただ中に一番いい思いをして、いい物を知っていると思います。

石田  なるほどね。どうだったんでしょうねぇ。ただ、バブルを経過しているかどうかで人間がだいぶ違うなというイメージはありますね。今の若い子たちの背伸びの

しなさというか、自分から遠くのものとか遥かなものを求めなくなっている。あれはね、堅実だし、エコみたいなものもよく考えてるし、ボランティアなんかも

よくするし、すごくいいところがあるんだけど、なんか遥かなものを求めるロマンチックな気持ちのようなものがないんですよね。それがやっぱりちょっと僕は

寂しいかな。それは僕たちの感じで言うと、今の30代頭ぐらいの世代ですね。いわゆるロストジェネレーションの人たちがやっぱり、あまりにも世の中が厳し

かったので夢を見なくなったという感じはすごくしますね。でも、人間って不思議ですよね。社会に出て最初に就く仕事で、その後の人生が結構決まるじゃない

ですか。

松任谷 うん。最初に行った海外旅行でも違いますよ。

石田 ああ、そうですねぇ。

松任谷 バリに行った人とハワイに行った人は違う(笑)。

石田 バリとハワイで結構差がつくんですね(笑)。いや、でも本当、大人になるって難しいなぁってつくづく思いますね。僕もあともう2年で50歳なんですけど、どう大人になるんだろうっていまだに思いますからね。





松任谷 男性はなんか40歳の時にかなり感慨があるという。

石田 いや、そう言われてたんですけど、40歳の時何も感じなかったんですよ。30の時も「ああ、楽しいな」と思っていて、40歳になっても「あれ?

おかしいな。何もかわらないな。楽しいな」と思っていて、で、あと2年で50歳ですから、その時に何かなかったらおかしいだろうと思うんですけど、でも、今のままだと何もないんですよね。

松任谷 36歳の時に星占いを読んで、何か一つのことを。

石田 そうです。集中して、自分の中にある何かをクリスタライズ(結晶化)するとよいと。まあ、クリスタライズするというのはやっぱり創作だよなと思って小説を書き始めたんですけど。

松任谷 小説の前に何か作るということは?

石田 いや、その頃は広告でコピーの仕事をしていましたが、自分で作るというのとはやっぱりちょっと違うので。材料も素材も全部渡してくれますからね。

松任谷 でも、小説の中にもコピーライターと通じる要素はありますよね。

石田 いや、あるかと思ったらなかったんです。だから、よく例えで言うんですけど、のどが渇いたっていう時に、コピーライターだと、ミネラルウォーターをキャップをクルクルって開けたうえで渡してくれるって感じです。あるパッケージがある、これを誰に売りたい、こういうことを言ってほしい、全部渡されるんですけど、小説だとスコップが出てきますね。「ちょっと裏山に行って井戸掘ってくれば?」っていう。なので、逆にうまく水が掘れた時は楽しいです。まあ、それもね、10年もやるとなんかあんまり(笑)。

松任谷 リアクションが照れ屋さんですね。

石田 僕ですか。

松任谷 うん。まず、「まあね」っていう少し斜に構えた感じで、全面的に受け止めない。

石田 昔の作家の人って、写真撮影でも、芥川龍之介もそうですけど、ものすごいポーズをとって「うーん」という顔ができるでしょう?

ま、ヨーロッパの人は、今でもそうですけど、ああいうのは不思議ですね。すごいなと思います。写真はいつも本当アップアップですね。

松任谷 そこを書斎と散歩で補ってらっしゃるのかな?

石田 いや、もう何なんですかねぇ。もう慣れちゃいましたから、なるべくフラットでいようと思うんですけど。あまり興奮もせず。

松任谷 でも、フラットですよ、とても。

石田 あ、そうですか?

松任谷 そのシャイな物腰を含めて、オシャレさんなんだなっていうふうに。

石田 どうなんでしょうね(笑)。

松任谷 下町のお生まれとお聞きしましたが、下町の人はおしゃれだといいますね。

石田 僕のほうはね、下町といっても江戸川区なので、昔でいう下町のところにも入らない感じなんですよ。隅田川から向こうはカッコいいなと思ってました。だから、東京の中でグルグル引っ越しながら暮らしてたんですけど、今住んでるところも、なんか微妙に落ち着かなくて。どこに行っても、住んでるって感じがしないですね。いつも流れているような。

松任谷 流れていたいのかな。

石田 うん、だと思いますね。

松任谷 広告もある種、流れじゃないですか。

石田 僕の中で、変わらないといつか淀んでそのまま朽ちていってしまう、死んでしまうんだという刷り込みがあるみたいですね。なので、いつでもどう自分を変えないといけないんだろうっていうのはありますよ。例えて言うと、デヴィッド・ボウイなんかそういうタイプですもんね。常に自分を壊して変えて、新しく作っていくという。

松任谷 変わらないとね、ずっとそこにいられないという。

石田 うん。ただ欧米のアーティストの人なんかは、例えばアンディ・ウォーホルなんかそうですけど、シルクスクリーンやれば、まあテーマは変わりますけど、ずっとシルクスクリーンの同じものができるじゃないですか。日本のアートってそれだとなかなか難しいんですよね。また同じものやってるって言われるので。

松任谷 キャンベルの缶(アンディ・ウォーホルの作品で有名なスープ缶)とか、出発点のアイデアで、一生そのパテントで食べていけるようなところはありますよね。

石田 あるんです。何でしょうね。それは欧米の作家もそうで、英語圏はすごく読者が多いので、本当に2年に1冊、3年に1冊でもわりとのんびり食べられるんですよね。日本の作家はなかなか大変ですから。

松任谷 まあ、ミュージシャン然りなので。

石田 ねえ。で、その中で新しいものとか新鮮なもの、実はあまりよくなかったりするものも多いんですけれど、そういうものの価値がとても高かったりするじゃないですか。ちょっと考えてしまいますよね。自分のあり方も含めて。



松任谷 それが今の株安でアップアップしてるところにも?

石田 うん、ありますね。

松任谷 ありますね。

石田 一過性ですけどね。ただ僕、正直言って日本の政治はもう何もできないと思います。なので、世界の景気がよくなるまで日本人はひたすら耐えて、何か楽しいことをやっていればいい。

松任谷 預貯金を外に出さないと。

石田 そうです、そうです。まったく期待してないからなぁ。

松任谷 新聞やテレビ、出版物の広告は厳しいですよね。

石田 新聞社も厳しいですし、大手の出版社でも赤字になるところが出てきて。そしたら、もう中小の出版社は本当に大変。ま、そうは言っても、小説なんか逆にいいんですよね。文庫があるから。文庫だったら1冊1000円以下ですから、わりとみんな読んでくれるので。でも、単行本はしんどくなりましたね。ところで、創作という点からいうと、ユーミンさんは、どこから入ります?

松任谷 ワンフレーズ、ワンモチーフ、メロディ。メロディですね。

石田 最初のメロディの一節があって、そこからどんどん広がってくる?

松任谷 はい。

石田 それを上手く捕まえた時には、もう出来たって感じがするんですか。

松任谷 ううん。その段階はね、楽しい、ただ昆虫採集のようにね、幻の何かを捕まえているような。ただ、追いかけていくとそこに見えるし、そこで化学反応が起きるんですよ、音楽の段階でのね。詞を言語化しなくちゃならない。本当は言葉に置き換えられないのに。

石田 へぇ、そうなんだ。僕は感覚もそうなんですけど、言葉はわりと好きなんで、本業じゃないというのもありますけど、作詞は楽しいですね。ちょっとカフェに行って一発書いてくるか、みたいな感じで家を出る時が多いですね。

松任谷 作詞もされるんですか。

石田 たまにやります、コツコツと。楽しいですね。もうまったく本業じゃないですから。でも、回路がまったく違うのはわかります、小説とは。わりと作詞とかすると涙ぐんだりしますからね(笑)。

松任谷 あ、それはありますよね。

石田 面白いですね。

松任谷 「脳内女優」と言ってるんですけど。「脳内俳優」とかね。

石田 うん、なりますね。

松任谷 人は誰も見てないんだけれど、自分の中で劇場がクルクル回りだす。

石田 もうね、かたわらから見たらおかしいんですよ。カフェの隅っこでサングラスをして、元歌、仮歌のCDを何回も聴きながら詞を書くんですけど、そこで1人でサングラスの下で涙拭いたり(笑)。もうバカみたい。

松任谷 その場合は、歌い手さんはそんなに想定しないんですか。

石田 大体この人の曲でというのがあるので、それはあります。面白いですね。

松任谷 その「たまにしかしないから」というその新鮮さを「チューッ」といただきたいですね。

石田 そうですよね(笑)。もう何曲ぐらいお書きになりました?

松任谷 自分のだけで400曲近く。

石田 400冊本書くと思えばねぇ、大変ですねぇ。

松任谷 職業作家の人だったら、もっととんでもないですね。阿久悠さんとかね。

石田 ねえ。阿久悠さん、好きだったけどなぁ。ユーミンさんは曲も詞もですね。

松任谷 あとパフォーマーね。

石田 自分の中ではどれが一番強いと思いますか。

松任谷 どれも強くないとダメですけれど、とりわけ作家の部分がきちんとしてないと、自信を持ってツアーにも出られないし、ダメな人間になっているような感じがします。

石田 でも、それでもう30何年ですもんねぇ。

松任谷 ええ。

石田 例えばそういった創作生活を、仮に40年近くとすると、それを何分割ぐらいにできるんですか?

松任谷 名前っていうのは不思議なもので、やはり旧姓・荒井のときから活動していたじゃない?

そんな名前を変えたぐらいで、結婚ぐらいで自分は変わらないと思っていたけれど、振り返ってみれば、荒井由実時代というのがひとつありますね。

石田 変わるんですねぇ。

松任谷 そうですね。それから松任谷由実前期、中期、後期……とは言いたくないんですけれどね(笑)。

石田 ということは4段階あるんだ。

松任谷 うん。今ね、最終コーナーの一個前のコーナーぐらいを走りだしたところですよ。多分、これで実際の時間の長さに置き換えられないので。10年、15年ぐらいはこれで走ろうかなみたいなことですね。

石田 そのさっき話が出た本当の成熟みたいなのは、その15年の中で出てくるという感じですか。

松任谷 そうですね。

石田 その最終形のようなものは、次の15年ってことですね?

松任谷 うん。ただ、まずそこのくくりのわりと後半になってくると、次のことを感覚的に思い出すんじゃないかしら。

石田 確かに。若い頃って将来のこと考えないんですよね。でも、今になると不思議と未来のこと考えてしまいますね。僕も自分が還暦になったら何してるんだろうと思いますからね。あと12年。僕の場合は12年ひとサイクルみたいな感じがある。36歳で書き始めましたから。デビューは38歳ぐらいですけれど。で、考えてみると、ちょうどその12年前に社会に出てるんですよね、23、4歳ですから。いや、不思議だなぁ。

松任谷 じゃ、第3コーナーに差し掛かったぐらい?

石田 僕は今、第1コーナーが終わって第2コーナーに入るところですね。でも、不思議に思いますよ。ただ、どこかで価値感を変えないといけないだろうなという気もするんですよね。

松任谷 変えないと次に行けないですね。

石田 そうそう。

松任谷 自分のアルバムのテーマのようで申し訳ないけれど。いつも言うんですけど、変わり続けるからこそ変わらずにいられると。

石田 そうそう。

松任谷 変わらずにいるためには変わり続けていなければならない。

石田 そう。同じところにいると流されちゃうんですよね。だから、そういうのにまったく流されずに、ずっと同じことやっている人もいいなと思うんですけどね。でも、タイプによって違うので。

松任谷 いや、それはね、きっと、ずっと同じことやってないんじゃないかな。

石田 ないのかな。

松任谷 ずっと同じだと、すごく変わったように見えるじゃないですか。

石田 ああ、なるほど。

松任谷 ピカソもピカソじゃなかったんですよね。

石田 ああ、ピカソね、確かに。ずっと違うもんなぁ。

松任谷 ひとえに好奇心かもしれないですよ。飽きっぽいとか。





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松任谷 以前どこかのインタビューで、自分の書きたいものと商業的なもの、そのバランスをとるのが自分にとっての挑戦だとおっしゃっていたと思いますが。

石田 そうですね。どちらも、どっちかだったらそんなに難しくない気がするんですよね。すごく文学的な達成を目指すなら、小説だけ読んでくれればいいという立場で、そういう仕事の密度を上げていくこともできるし、ものすごく売れるみたいなものを目指すとしたら、一つ形ができてしまえば、それを繰り返せばいいのでというふうに思いますし。やっぱりどこかバランスなんでしょうね。その中で自分なりにいい大人のバランスが見つけられると仕事が楽しいなと思うんですけどね。ユーミンさんはどうですか?

松任谷 できればね、そういう文学性、アーティスティックな部分と、商業的なところをなるべく高い位置で一致させたいなと。

石田 そう思いますね。どっちかだけだとやっぱり面白くないんですよね。

松任谷 エンタテインメント小説を書き続けるというふうには思ってないですか。

石田 いや、それはなかなかね、自分を徹底的に殺さないといけないので、できる人は限られた人なんですよ。でも、そういう作家を本当はちゃんと評価してあげたほうがいいんですよね。そういう人にあげる賞とかってないんです。そういう作家のおかげで例えばすごく文学性が高いけれど売れない人の作家の本が何十冊と出るので、本当はちゃんとご本人を顕彰してあげるというのがいいと思うんですけどね。でも、そのシステムがないんですよね。ちょっともったいないな、かわいそうだなという気がしますね。

松任谷 話ちょっと戻りますけど、広告から文学に行かれる方ってけっこういますよね。

石田 いますね。

松任谷 それはどこかで欲求不満が起こるんですか。

石田 そうですね。僕は広告に関しては本当に身過ぎ世過ぎの仕事で、目先のお金だけ儲(もう)かればいいじゃん、という感じで流してやっていましたから。30代でそこそこうまく行っていても、なんか退屈でしょうがなかったんですよね。あまりにも時間もあるし、ちょっと文学をやってみようかと。

松任谷 これは退屈だって思ったエピソードとかあります?

石田 実は2年間ぐらい、1日1時間ぐらいしか働いてなかったんです。

松任谷 ほう。何年から何年?

石田  30代の頭ですね。32、3、4歳ぐらい。3年ぐらいか。その頃、月島に住んでたんですけど、毎日、銀座にブラッと散歩に行って、本屋さんのぞいて映画見て、洋服買って、CDショップなんか回って暮らしているのが続いたんですけど、それでやっぱりちょっと飽きたのはありますね。みんなもうバリバリ仕事をしている時ですから。ああ、こうやって都会の遊民のような感じで自由に遊べるのはいいけれど、何だろうなというのはありましたね。

松任谷 それは多少の危機感みたいなもの?

石田 多少の危機感というより、何でしょう、手ごたえのない感じですね、毎日の生活に。もうその頃は結婚もしていたし、仕事のほうもそこそこよかったんですよね。まあ、じゃ、会社にでもしようかなみたいな感じだったんですけど。でも、やっぱり手ごたえがなかったですね。このままではどこにも進まないし、何でもない人になってしまうなと思って、そういう危機感はあったかもしれませんね。

松任谷 さらっと広告から小説に移られて順風満帆なふうに聞こえますけれども、ちょっと後悔したとかっていうのはないですか。こんな思いするんだったら……というような。

石田 いや、それはないですね。すごく大変なんですけど、書くこと自体やっぱりすごく好きなんですよね。自分で得意なのがわかっているので、言葉の仕事はやっぱり楽しいですね。ですから、先ほど感覚的なことだと言いましたけれど、言葉もどんどん突き詰めて使いきっていくと、どんどん感覚を振り切って使えるようになるんですよね。文章を詞とすれば、小説も「すごく長い歌」ようなものだと言えますし。ただ、あまりロジックが前に出ないようにというふうには考えますね。そうすると面白くなくなってしまし。生き生きした感じがなくなりますので。

松任谷 月並みな質問なんですけれど、小説をお書きになる時、何からスタートするんですか。

石田 やっぱり最初は、「あ、これは面白い」という一つの事実だったり感情だったり、あるいは一つの景色でも、あるいはものすごくきれいな色とかでもいいですね。パッと緑色みたいな何かを見たとしますよね。そこで「あ、なんか緑っぽい短編にしよう」とかっていうので始まります。

松任谷 すごい感覚的じゃないですか。

石田 ええ、感覚的なんですよ。あるいは、ものすごく悲しいシーンで、例えば自分の弟が小さな女の子を殺してしまった。そのせいで両親が離婚して、家族でご飯を食べているところに嫌がらせの電話がバンバンかかってくる場面みたいなのをパッと想像して、その電話を彼が取って、丁寧に「ありがとうございました」と言って電話を切って、またご飯を食べ始めるみたいなシーンがパッと浮かんで、それで、あ、この小説はできたと思ったりするんですよね。

松任谷 バッハも小説が書けると思われたって。

石田 ああ、バッハは書けるんじゃないですかね。というか、バッハの場合、毎日毎日オルガンか何かに向かって曲を書き続けるという、ああいう忍耐さえあれば小説はそんなに難しくないと思います。

松任谷 忍耐だったのかな。

石田 どうでしょうねぇ。

松任谷 結構、艶福(えんぷく)家な感じがするんですけど。

石田 そうですね。楽しさもあったと思いますが、半々だったんじゃないですかね。毎週末にはミサのために1曲上げないといけないというような仕事の中で、ほかの曲を書いてるわけですから。もちろんすごく楽しいこともあったろうけれど、うんざりしながら書いてる時もあったでしょうねぇ。でも、ああいうバッハみたいな生き方ができたら、やっぱりいいですよね、小説家としては。やっぱりたくさん書かないとダメな点はあるので。

松任谷 そうですよね。ある程度多作じゃないと見えてこないものがありますよね。

石田 はい。自分の殻が剥(む)けないですもんね。

松任谷 寡作でまた黙々とやっている人とかについてはどう思います?

石田 正直言って、本当言いにくいですけど、そういう人の書く世界は狭い。でも、小説っていろんなあり方があっていいので、それでもいいんですよね。地面を針で刺すような方法もありますし、それこそスコップで掘ってもブルドーザーで掘ってもいいので。でも、やっぱりもうちょっと、できれば広さと深さとがあるといいかなとは思いますね。

松任谷 「大衆」って思ってるほど利口じゃないし、思ってるほどバカじゃないということを何回か聞いたことがあるけれど、ある意味、保守的なところもありますよね。同じところにずっといるものを安心して支持するような。

石田 ただね、僕、それを考えるとき、いつも薬のことを考えるんです。例えば、ある薬がありますよね。これは世界に患者が1000人しかいない難病だけれど、その薬がなければ死んでしまう人たちの薬がある。でも、それとは別に、例えば何でもいいですけど、花粉症の薬とかありますね。死なないけど、季節の旅に何千錠、何千万錠と売れるという。でも、薬のあり方としてはどちらでもいいんですよね。なので、自分なりにどういう病気に効く薬になればいいのかなというふうに思ったりしますね。だから、僕が今自分のいる場所はすごく居心地のいいところですね。1000人のための特効薬でもないし、万人のために風邪薬ではないというところにいられますから。

松任谷 いや、コピーライター的に話の展開が速いですね。

石田 そそっかしいんですよ。あ、でも、下町の子どもってそういうところかもしれませんね。ご飯食べるの速いし。



松任谷 そういえば、ご家族のことを聞いてもいいですか。お子さんがいらっしゃいますよね。

石田 2人います。10歳と8歳。

松任谷 お受験なんて全然興味なかったですか。

石田 もう言わなくなりました。「本を読め」と言うのも「勉強しろ」と言うのも。ほとんど何もしないので。だから、今ほうっておくと、1日に5時間ぐらいゲームしてますね。でも、まあいいやと思って。

松任谷 オモチャが全然売れないそうですね。

石田 ああ、しょうがないですよ。

松任谷 中国の製造業の町とかが。

石田 おもちゃの製造メーカーが次々、つぶれてますからね。

松任谷 ゴーストタウン化がすごい勢いで進んでいる。

石田 でも、中国とアメリカがカムバックすれば、まあ大丈夫ですよ。

松任谷 カムバックするでしょうか。

石田 僕はそういう点ではアメリカという国は買っているので。危機に追い込まれて、みんなで「よし、一つになって戦うぞ」という時のアメリカはすごく強いし、底力があって自分を変えられる国なんですよね。日本がパートナーとして組んでこれからずっと過ごしていく上では、アメリカを本当に大事にしないといけないと思います。アメリカはやっぱり立ち上がってくるでしょうし。中国はまだ傷が深くないので。そうなると、こうした状態が続くのもここ1、2年ですよ。なので、今のうちに日本株買っとくといいと思いますけどね。

松任谷 景気の話になりましたが、石田さんの世代というのはもうまさにバブル期。

石田 そうですけど、その頃は若くて下っ端だったので、そんなにいい目は見ていないんですよね。その頃、いわゆる土地転がしをしていたような人たちみたいなものではないので。20代後半ばから後半ぐらいですから、楽しい時代ではありましたけれど。

松任谷 その頃に本当、実質的な意味でいい思いした人が大変なんじゃないですか?

石田 大変ですね。

松任谷 下っ端だったことも、とてもラッキーなのかもしれない。

石田 ああ、まあ、そうですねぇ。でも、そのおかげで大変な仕事してる人もいますよ、同世代で。銀行とかに入った大学時代の友達は、不良債権貸しはがしをするために夜討ち朝駆けで、「お金返してください、返してください」というので一生終わったと言ってましたから。

松任谷 そっちのほうがある意味、リストラされるよりもつらいかもしれないですね。

石田 つらいですよねぇ。

松任谷 顔が歪(ゆが)んじゃってる人とかいっぱいいるみたいですよ。

石田 いや、本当ですよねぇ。

松任谷 負の念を浴びて。

石田 しかも、自分のいる銀行は合併吸収で、次に行ったらまた冷や飯っていう。それでも辞められませんから。そんなの聞くと、小説を好き勝手に書いてのんびり暮らしてるのは、まあ、いいよなと思いますね。つらいこともありますけど。でも、いろんな時代でユーミンさんの曲が流れていました。やっぱり一番強い思い出は、中学校の教室で聞いた『ひこうき雲』ですね。

松任谷 荒井由美時代ですね。

石田 そうです。デビュー作だったですね。それを女の子が持ってきて学校のステレオでかけたんです。LP盤でしたね。

松任谷 自分の話で恐縮ですけど、そういう女の子のこととかでお役に立てたことはありますか(笑)。

石田 ああ、それはないかなぁ。でも、よく聞いてましたね。

松任谷 必要としなかったオシャレさんだったんですね。

石田 いや、どうかなぁ……。

松任谷 マニュアル要らずな。私の曲がマニュアルとは思わないけど。

石田 そういう恋愛の話で言うと、今の草食系の男子って不思議ですよね。「温泉旅行に行こうよ」って言うんですよ。で、行って、本当に清らかなまま帰ってくる。

松任谷 ああ、そうですか。あ、電車でデートとかは聞きますね。車要らない、欲しくない。所有しようとか思わない。

石田 ああ、はいはい。すごいですよ、話を聞くと。

松任谷 かと言って、おネエなわけでもないしね。性欲自体がないのかな。

石田 欲望を持つということに何か自分が居心地悪い感じがするっていうようなところがあるのかもしれせんね。だから、例えば、すごい外車に乗って、若い女の子を連れてブイブイ言わすみたいなことにすごい違和感を持ってるんじゃないですかね。

松任谷 ふと、そう考えると、お坊さんとかって元々ある欲望を克服するからその存在になるんで、もとからない場合は悟れませんね。

石田 そうですね。それに坊さんって、ものすごいエロ坊主が多いですよね(笑)。

松任谷 (笑)。そのエロも含めて信じられるっていうか。話がフローしてますね。それがまた石田さんの個性という感じで。流れてるってさっきおっしゃったのが、本当に会話もいい意味で流れてますよ。

石田 でもね、本当にいい対談って、何を言ったんだかよくわかんないんだけど、そこの雰囲気がよく伝わっているというのじゃないですかね。

松任谷 あ、大変、まとめが(笑)。

石田 ゆるーい感じでまとまって、なんかいい感じで面白かったなというのが理想なんですよね。

松任谷 (笑)

石田 ほら、学者さんの対談なんかだと、1人1ページずつしゃべるみたいなのがあるじゃないですか。ダーッと自分の意見言う。相手のことは聞かずにまたこっちも言い、あっちも言いっていう。ああなると本当にしんどいですからね。なぜか知らないけど日本の大人って、相手の言葉をちゃんと聞かない癖があるみたいですね。子供たちも、あれは本当に見ていて悪い影響があると思います。みんな言いっ放しだから。それは政治家も学者もそうだし。相手のことを聞いたうえで、そのことに対してちゃんとリアクション取って、で、もう一段積み上げて発展させていこうという気持ちがなんかないんですよね、言葉に対して。それはなぜだろう。わからないけど、ちょっと言葉の使い方がすごくよくないなと思いますね。

松任谷 自己弁護するわけじゃないんですけどね、聞いてて、なんかスカッシュみたいに、そこから全然違うことを想像しちゃうんですよ。

石田 ああ、はい(笑)。

松任谷 自分の中である種、0.何秒でそれがあって回るから、レスポンスが「え、なんでそうなるの?」っていうふうに思われるかもしれないですね。

石田 それ、でも、言われたことがありますね。ほかの作家の人なんですけど、テレビで僕がしゃべっているのをじーっと見ていて「ふーん」と聞いていて、「最初はわかるんだけど、途中から何を言ってるか全然わからなくなる」って言われました(笑)。



松任谷 直木賞もおとりになっていますが、いろいろ審査されるわけじゃないですか、先人からね。こいつに評価されたくないとか、この人に言われたらうれしいというのはあるんでしょうか。

石田 うれしいのはあるけど、評価されたくないのはあまりないですね。読んでない人なので、そういう人は、評価のしようがないんですよね。

松任谷 でも、審査員の人は全部目を通すんでしょう?

石田 いや、昔はね、散々な話があって、上下巻だと前の日に電話かかってきて、「ところで、あの分厚いのはどういう話なんだね」っていうふうに、あらすじだけ聞いてたみたいな人もいたみたいですよ。でも、それでいいんです。逆にそれぐらい、もう大家だっていうふうに構えてしまったほうがまた面白いので。

松任谷 でも、石田さんのノリからいくと、「直木賞とりました」というような電話がきたときに、それをすごく待ってたとかしても、すごくうれしかったりしても、あんまり出さない気がしますね。

石田 実際、そんなにたいしてうれしくなかったんです。直木賞って選考会の結果を待つのはバーだったりレストランの個室だったり、編集者がみんな集まって盛り上がるんですよ。おいしいもの食べながらゆっくり待つんです。僕3回目だったんですけど、あと2、3回やってもいいなと思ってたので、「あ、そっか、来ちゃったんだな」という感じでしたね。しかも、何回か複数候補にあがる人は必ずあとでもらうことになるので。

松任谷 作家には、ある種のモテ方というのがある気がするんですが。

石田 昔は作家ってね、すごいモテたんですよ。

松任谷 銀座のバーに盛んに繰り出して。

石田 はい、盛んでしたし、わりと大人で遊ぶ作家が多かったですから。でも、それは僕の一つ上の世代ぐらいのとこで切れてますね。北方謙三さんぐらいのところで切れてると思います。50代半ばぐらいのところで。今、そういう文壇バーに僕がたまに行くと、最年少なので。僕より下はもう1人もいないんですよね。もうさっきの電車でデートと同じ、植物系なんです。夜のバーとか出ないし、編集者も仲のいい人だけしか付き合わないので、世界がすごく小さくなってますね、若い作家は。

松任谷 それ伺うと確かに世代間の差はあるかも。ミュージシャンの遊び方でも。ライブのあと、すぐに部屋に戻ってゲームしているとか(笑)。

石田 うん、そういう感じですもんねぇ。何でしょうね、コミュニケーション取るのをすごく面倒がる人が増えたというのは。ちょっともったいない気がするんですけどね。

松任谷 うん、コミュニケーションが面倒、確かにそうなんでしょうね。それが面白いのにね。

石田 うん、そう。変な人いたりして。

松任谷 次のアイデアもそこから一番手に入る。

石田 はい。案外モデルになるんですよ。だから、次に僕が50代で妙にセクシーな女性を書いたら、ユーミンさんだと思ってください(笑)。

松任谷 あ(笑)、そうですか。

石田 草食系男子を誘惑して(笑)。

松任谷 でも、石田さんは草食系ではないんじゃないですか。

石田 僕ですか? 僕は植物系じゃないですね。中間ぐらいです。ユーミンさんは草か肉かというとどちらを食べてる感じですか。

松任谷 両方ですよ。時には「ガーッ」て(笑)。

石田 (笑)。欲望が強い人じゃないと続けられないんですよね。ただ、それが表面に出る出ないというのはあるんですけど、すごく強いパワフルなものがないと。

松任谷 自分に向ける欲望はどうですか。ナルシシズムとか。

石田 あまりないんじゃないかなぁ。気にしないですけどね。ああ、でも、感情にはおぼれやすいところがあると思いますね。

松任谷 ナルシシズムって、文体に出ますか。

石田 出ます、出ます。出ると思いますね。あれはやっぱり自分が一番好きな人が書く文体だな、っていうのが。とてもきれいないい声なんで。だから、これからどう生きたらいいのかなと迷っている世の中の男の子たちが、そのナルシシズムのところにすごい反応するんじゃないですかね。

松任谷 女性の作家さんはそういうナルシシズムはあまりないんですか、男性と比べて。

石田 あると思いますが、極端に言うと男性の場合は世界がわりと閉じているんですけど、女性の作家って、どんなに自分が好きでナルシストでも、関係性を作ろうとするんですよ。なので、自分と同じ比重で男性が出てくることが多いですね。男性の作家の場合、主人公の男性と同じ比重で出てくる女性の登場人物がいない。せいぜい、刺身のつま程度。

松任谷 なるほど、そこが一つの基準か。

石田 ええ、と思いますね。……ああ、今の切り口はいいですね。短いエッセーにすれば、とてもいい文学エッセーになります。

松任谷 (笑)。あ、でも、いっぱいエッセーできるかもしれない。押しつけがましく言っているんじゃなくて、リアクションを拝見していると、「あ、そうか、そうやってアイデアを拾うのかな」っていうのが分ります。

石田 そうです。そういうふうにどんどん。でも、忘れちゃうんですよね、話し終わると。メモを取らないので(笑)。



松任谷 話が少し重複するかもしれませんが、この対談の締めで、世界はどうなっていくのか、日本はどうなっていくのか、未来予想について伺いたいのですが。

石田 うーん、難しいな。でも、少なくとも戦後の60年見た限りでは、日本人って強烈な民族だなというふうに思いますね。当人はすごくおとなしいし、一人一人はとても慎ましやかで優しいんですけれど、集団になるとやっぱりすごい力を持ってますよね。

松任谷 一向一揆な感じ?(笑)

石田 はい。よく外来種がありますよね。セイタカアワダチソウとかアメリカザリガニとか。ああいうのって入ってくると、あっという間にそこの国の野原をダーッと占めてしまうじゃないですか。日本人の集団のパワーってそういう外来種的な強さがあると思うんですよ。で、それは多分、これからも変わらないと思います。だから、海外から見たら怖い国だろうなぁ。

松任谷 竹槍でB29を追いかけちゃうみたいな。

石田 でも、気がついたら、B29を落とす竹槍を作ってしまう国なんですよね。自動車はアメリカもヨーロッパも自分たちの国で作ったという誇りがありますけれど、日本に20年か30年でキャッチアップされ、国の市場の半分を持っていかれてしまう。やっぱり怖いと思いますね、彼らにしたら。なので、その強さは基本的に変わらないでしょうから、その強さを保ったまま、どう慎ましやかに戻っていけるかというのが本当は大事かもしれませんね。

松任谷 「慎ましやか」をもう少し説明していただけますか。

石田 今わりと大日本主義の人がいますよね。立派になったほうがいい、軍もちゃんと整備したほうがいい、国連でもきちんとした地位を占めたほうがいい。でも、そうではなくて、今のポジションがいいと思います。その時の支配的な国家、今だったらアメリカですね。

松任谷 第2位の経済大国。